2014年以降の有効求人倍率を見ると、人材不足による「売り手市場」であることが明らかです。
しかし、中には働きたくても働けない事情のある人も大勢います。
働きたいのに子どもを保育所に預けられない嘆きがSNSで話題になったのも記憶に新しいでしょう。
そのような人たちに門戸を広げて注目を集めているのが「在宅ワーク」制度です。
この記事では、在宅ワークを導入するために押さえておきたい注意点や運用のポイントを解説します。
そもそも在宅ワークのメリットって?
在宅ワークは雇用側においても従業員においてもメリットの大きい働き方です。
たとえば、女性は男性社員と同等のキャリアを築いたとしても、育児や介護などのライフスタイルの変化によって離職が避けられない場合があります。
特に、出産して早いうちに職場復帰したくても、保育園などの預け先が見つからないと母親としては身動きが取れません。
核家族化が進み、近隣に子どもの面倒を見てくれる親族もいないときは八方塞がりで、不本意ながら女性である母親が家庭に入ることが圧倒的に多いのが現状です。
子どもの手が離れ、やっと本格的に職場復帰できる頃には、ブランクも長く在籍当時の従業員の顔ぶれも変わっているでしょう。
そこまでして元の職場に復帰しようという気になれないのもうなずけます。
しかし、これは企業側にとっては大きな痛手となります。従業員の教育に力を入れている企業ほど、キャリアのある優秀なベテラン社員に辞められるのは損失も大きいものです。
新人を採用しても、辞める社員と同等に育て上げるためには、かなりのコストと時間がかかるでしょう。
社員が辞めたくて辞めるのなら仕方ありませんが、実際は、働き続けることが不可能だから止む無く退職せざるを得ないという事情があることも多いのです。
これでは雇用側も従業員も幸せになれません。
出産は本来はおめでたいことであるのに、心から喜べない人がいるというのはこういった社会背景もあるでしょう。
周囲の手厚い援護があればこそ、女性も早いうちに職場復帰ができますが、誰もが同じような環境ではありません。
夫婦で比較すると、夫の収入が上回っている家庭が多いため、女性側が退職せざるを得ないケースがほとんどでしょう。
毎度この繰り返しではいつまでたっても堂々めぐりです。
その連鎖を断ち切れるのが昨今話題の「在宅ワーク」制度。元の職場と在宅ワークという形態で仕事を続けることができるのは、女性にとっても有益です。
それどころか、企業にとって有能な人材の離職を防ぐことは、求人募集や社員の教育に関わる経費が一切不要になるのです。
新人を育てる物理的な時間も不要なため、現状のまま変わることなく人材不足を回避できます。
女性に限らず男性が身内の介護などのために退職するケースもあります。
そのようなときも、在宅ワークという働き方が認められれば退職せずに済むのです。
介護の必要がなくなった時点で、また職場に戻る際にも、在宅ワークという形で業務を続けていれば職場復帰もスムーズにいくでしょう。
企業が在宅ワークを導入してくれれば退職せずに済んだ有能な人材は、世間に大勢潜在しているでしょう。
通勤ができないために、近所での短時間のアルバイトやパートで自分の働ける範囲内で就労している人もいます。
求人募集する際には「在宅ワーク可」との条件を提示すれば、退職までバリバリに第一線で活躍していた優秀な人材を登用できるかもしれません。
在宅ワークなら広範囲の地域から人材を募集することができるうえ、住所地が遠くても通勤手当がかからずコストが削減できることも大きなメリットです。
在宅ワーク者にも労働法が適用になる
在宅ワーク者が、企業に正式に雇用された従業員なら、他の内勤や外勤の従業員と同等の労働者ということになります。
つまり、在宅ワーク者に対しても企業が遵守すべき労働基準法は適用されるということです。
時間の融通がききやすいと思われがちな在宅ワークですが、責任感からついつい労働が長時間に及ぶ場合もあるものです。
育児や介護で日中に集中して仕事ができない場合、労働時間の穴を埋めるべく深夜に睡眠時間を削って作業することも少なくありません。
周囲の社員の目が届きにくい在宅ワークでは、真面目に仕事をしているというアピールのため必要以上に頑張りすぎてしまう人もいます。
このように在宅では就業のオンとオフが明確でないため、長時間労働で心身の健康を害することもあり得ます。
従業員に何らかの健康被害が生じた場合、企業の責任が問われることにもなるでしょう。
労働基準法は、労働時間や有給休暇などの基本的な労働条件について定めているものです。
労働安全衛生法は、健康診断など労働者の身の安全について定めています。
労働者災害補償保険法は、労働者災害による労災保険の給付などについて定めている法律です。
他にも、最低賃金法、労働契約法の法律も適用されます。
在宅ワーク制度の導入にあたり、これらの法令を遵守する必要があり、社員規則でルールを明文化する必要があります。
在宅ワーク者の労働時間はどう計算する?
在宅ワークでも労働時間の算定が可能であれば、通常の就業形態の従業員と同様に1日8時間、週40時間勤務の労働時間制が適用になります。
しかし、在宅ワークを選ぶこと自体が育児や介護などの家事のためであり、労働時間と生活の時間をはっきりと分けて集中して取り組むことは難しいものです。
そのため、どうしても勤務と家事の時間の線引きが曖昧になりがちです。
企業は、労働時間の算出方法、従事する仕事の評価方法などについて、在宅ワーク者と事前によく話し合い、安心して仕事に取り組めるような環境を作らなければなりません。
状況次第では、1か月や1年単位での変形労働時間制やフレックスタイム制を導入するなど、在宅ワーク者が不利にならないよう労務管理を行う必要があります。
とはいえ、目の届かない在宅ワークでは労働時間の把握が難しいでしょう。
その場合は、「事業場外みなし労働時間制」の適用も可能です。
タイムカードなどで始業と終業の区別が的確に把握できない場合に、特例として所定の労働時間分就業したとみなされる制度です。
事業場外みなし労働時間制であっても、所定の労働時間を超えた勤務に対しては、残業代や深夜・休日手当などが発生します。
どのような形がベストなのかは業種や職種によっても異なるでしょう。
在宅ワーク者とよく相談の上、公平性を重視しお互いが納得の行く方法を採用しましょう。
在宅ワーク導入時の注意点
1.就業規則への規定
在宅ワーク制度を導入する前に、就業規則に在宅ワークに関する規定が定められてあるかどうかをまずは確認する必要があります。
たとえば、人事異動の一環として在宅ワークを命じる場合、会社との連絡手段のための通信量を別途支払う規定などが含まれていない場合、新たに規定を追加して明示しなければなりません。
これらの在宅ワークに関する諸規定を制定していない場合は、早急に規定し就業規則に規定して従業員に漏れなく周知する必要があります。
常時10名以上の従業員が在籍する会社なら、就業規則を変更する場合は所轄の労働基準監督署長に届け出なければならないと決められています。
2.契約内容の明示
在宅ワークを導入する際は、契約内容を明文化し書面に記載し双方で確認できるようにしておかなければなりません。
新しく在宅ワーク者を雇用する場合は、労働契約の締結の際に、労働条件通知書において就業場所が自宅であることを書面上に明示しなければなりません。
さらに、賃金、労働時間などについても書面で明示します。
既に雇用している従業員が在宅ワークを希望する場合も、就業場所の変更に付随する労働契約の変更をできる限り書面を残し確認する必要があります。
在宅ワークの導入後に起こりうる問題は?
在宅ワークの導入により生じる注意点についてもあらかじめ理解しておく必要があります。
在宅ワークの導入に大きく貢献しているのがインターネットの普及と言えるでしょう。
しかし、一歩使い方を誤ればさまざまな攻撃の被害を受けたり、ときには加害者になったりする危険性があるため、正しいネットリテラシーを持ち慎重に利用することが大切です。
特に気をつけなければならないのは、インターネットを介したウイルスやサイバー攻撃による会社の機密事項などの情報の漏洩です。
また、社内では従業員一人ひとりの様子を把握できても、自宅の様子までは把握のしようがありません。
そのため、在宅ワーク者の働きぶりを評価しにくく、見えない場所で誠実に勤務する在宅ワーク者は不満を感じる可能性もあります。
さらに、チームプロジェクトの一員だとコミュニケーション不足に陥り孤独を感じることもあるのです。
これらの問題点を解消し在宅ワークをスムーズに運用する方法を以下に説明します。
在宅ワークの運用ポイント
1.セキュリティを強化する
在宅ワークで使うパソコンは最大限のセキュリティ対策を施すことが必須です。
ウイルス対策ソフトのパターンファイルは常に最新の状態に保つなどセキュリティ対策を徹底し、ウイルスやサイバー攻撃からパソコンを守ることが重要になります。
また、家族共用でパソコンを使っているならプライベートと会社用で別々に使うことを義務付け、会社からパソコンを貸し出すなどして個人で管理してもらったほうが安心です。
盗難や紛失を防ぐため、安易に持ち出さないなどの取り決めをしておくと良いでしょう。
また、基本的なネットリテラシーを身につけるため、必要に応じて在宅ワーク者向けの研修を行い一人ひとりの危機意識を強化することも大切です。
2.勤怠管理を徹底する
在宅ワーク者の労働時間は、本人による申告制を採用するところもあるでしょう。お互いの信頼関係が築けてこそ成立する方法です。
しかし、真面目に勤務する在宅ワーク者ほど勤怠管理を客観的に証拠として残せる方法があればそれに越したことはない、と感じるでしょう。
とはいえ、webカメラで常時モニターチェックするわけにも行きません。
そのようなときに便利なのが在宅ワークに特化した勤怠管理のシステムの導入です。
パソコンを使って行う業務がメインの場合は、パソコンの操作に応じて自動的に就労時間を記録できるシステムです。
在宅ワーク者はボタンを押すだけの簡単な操作で勤怠報告が行えます。
一定時間パソコンの操作がないと、その間は離席とみなされ就労時間にカウントしないなどの設定もできます。
また、在宅ワーク者のパソコンの画面を自動で定期的にキャプチャして作業内容を確認できるため、実際に仕事をしているかどうかのチェックが可能です。
3.評価体制を整える
働く様子が見えにくい在宅ワークの導入にあたっては、本人の評価ポイントは何を基準にするのかをあらかじめ決めておかなければなりません。
そのためには、社内全体の人事制度の見直しが必要になる場合があります。
公平を期すためには、在宅ワーク者だけでなく、今後在宅ワークをする予定のある従業員やそれ以外の従業員からの意見も積極的に取り入れることが肝要です。
そのため、公正に在宅ワーク者の仕事ぶりが把握できる勤怠管理などのツールの導入も効果的です。
4.交流の機会を増やす
社内なら他愛のない会話で社員同士のコミュニケーションが取れることもありますが、skypeやチャットなど画面を通した会話ではなかなかうまくコミュニケーションが取りづらいものです。
まして、家事育児や介護で忙しい身であればリアルタイムの連絡も難しい場合もあります。
そのため、大切な連絡だけに限定した事務的なコミュニケーションになる場合が多々あります。
多くの場合は、在宅ワーク者に遠慮して要件のみの連絡になりがちですが、それまでに信頼関係が築けていないときは、画面や文字だけのやり取りが寂しく感じることもあるものです。
可能であれば、定期的に顔を合わせる機会を設けてコミュニケーションが取れるように促すのが効果的です。
従業員間で利用できるソーシャルアプリケーションを導入することも検討しましょう。
バーチャルオフィスシステムは、その場にいなくても仮想のオフィスに従業員が集まってリアルタイムで音声や文字によるチャット、または映像などでやり取りできるコミュニケーションツールです。
そこまで大掛かりにする必要がなければ、web会議やテレビ電話などを使うのも一つの方法です。
音声や文字によるチャットで他者と簡単にやり取りできログも残せますのであとからじっくりと確認することもできます。
裏を返せば、遠隔地でもこのようにコミュニケーションを取れるツールがあるからこそ在宅ワークが可能になったといえますので、便利に使わない手はありません。
お互いが緊密に交流や連携が取れる環境なら生産性の向上も期待できるでしょう。
5.認識をすり合わせる
在宅ワークを初めて導入する企業は、前例となるモデルケースがないため、見切り発車的に困ったことが起きたらその都度話し合うというスタンスで始めてしまう場合もあるでしょう。
在宅ワーク者が少人数の場合なら話し合いの余地もあり、柔軟な対応ができるならそれも良いかもしれません。
しかし、在宅ワークを選ぶからには、それぞれに異なった事情を抱えていることが多いものです。
一人ひとりの認識が違えばお互いの主張や要求などにも食い違いが生じるのは必然です。
そこで、在宅ワークの運用ポイントとして企業と従業員の共通の認識をすり合わせることが重要になってきます。
在宅ワーク制度を適切に導入するにあたり、雇用側と従業員との間で十分に話し合い、お互いが納得できるルールを設け書面に残すことが大切です。
内容は、在宅ワーク制度を導入する目的、業務を遂行する範囲や手段、対象となる業務、連絡方法、労働時間などです。
業務を進めるにあたり、さらに効果的な方法が見つかることもあるでしょう。
その際には、企業と従業員で再度協議の上、変更点の周知を徹底し、新たに書面として残すようにします。
最初の段階では次々に細かな課題が見つかり、その都度話し合いが必要になる場面も多いかもしれません。
しかし、このように一つ一つの手続きを公正に取り決め明確にしておくことにより、在宅ワークを円滑に効率的に推進できます。
在宅ワーク者だけでなく、会社で勤務する従業員からも在宅ワークの形態についてきちんとした理解が得られ、導入後もスムーズに仕事を進めやすくなります。
さらに、従業員のワークライフバランスの両立、キャリアを積んだベテラン従業員の離職も防止でき、従業員の定着率の向上とともに、働きやすい会社として企業の評価も上がるでしょう。
必要な準備を整えて在宅ワークを導入しよう
上記で説明したように企業が在宅ワークを導入する場合には、労働法を踏まえた就業規則の改定やルールを制定して双方が共通の認識を持てるよう事前にさまざまな準備が必要になります。
労働法に対する正しい知識も必要なため、今すぐの導入は難しいと感じた人もいるのではないでしょうか。
しかし、少子高齢化による働き手の人材不足、国が提唱するワークライフバランスや副業の取り組みの流れから、在宅ワークを導入する企業は今後も増えていくと予想されます。
在宅ワーク制度を軌道に乗せスムーズに運用するためには、在宅ワーク制度を支援するためのツールやアプリケーションの導入が効果的です。
優秀なベテラン社員の流出を阻止し、従業員に安心して気持ちよく長く働いてもらうためにも、今のうちに必要な準備を整えて在宅ワーク制度の導入を目指しましょう。
コメント